2013年5月26日に開催されるグアムのココス・クロッシングにエントリーしたことで、スピードアップについてこれまで以上に考え、取り組むようになりました。大会では4km折り返しで1時間15分、全体(8km)で2時間45分という時間制限があるためです。
8kmという長い距離を泳ぎきるための効率と持久力に加え、平均1500m28分という私にとっては非常に速いスピードをたった2カ月で身につける必要があります。今回はスピードアップを短期間で効率良く実現するための方法についてみていきましょう。
●遅くなる原因を考える
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200mトライアウト結果(2012年10月) |
400m以上の中長距離においてスピードアップしたいときに、最も有効なのが「速度の低下を抑える」ことです。水は空気に比べて840倍重く、抵抗が大きくなります。同じ速度で泳いでいると思っていても、水の抵抗に逆らって動いているので速度は遅くなりがちです。
右のグラフはスピードアップキャンプに過去2回参加されたTさんの、2012年10月の200m測定結果です。50mプールの最初のラップのタイムとストローク数をそれぞれ1としたときに、50m以降のラップでどの程度タイムやストローク数が上昇したかを示しています。タイムについてみると、最初のラップ(0-50m)に比べて50-100mでは7%、100-150mでは15%、150-200mでは17%遅くなっています。大人になってから水泳を始めた方の多くが、このように最初のラップに比べて15〜30%遅くなっています。
それでは遅くなった原因を考えてみましょう。ストローク数は次第に増え、最後のラップでは最初に比べて25%も増加しています。テンポは上がったが、ストローク数が増えてタイムはむしろ遅くなるという結果は、「空回りしている」ことを意味します。この空回りする原因については、2つが考えられます。
1)速く泳ぎたいと思ってテンポを上げるが、ストロークあたりの推進力が減少するために空回る。=意識による空回り
2)疲れてきて水中での動作が甘くなり、テンポが上がるが前には進まない。=疲れによる空回り
実際に泳いでいるときには両方とも発生しますが、概ね距離が短いときは意識による空回りが優勢で、距離が長くなるにつれて疲れによる空回りが優勢になります。このように時間が経過する(あるいは距離が経過する)に従って、自分の泳ぎがマイナスの方向に変化することをまず理解する必要があります。
●速度低下抑制のアプローチ:「ディセンディング」と「加速の道具箱」
それではこの空回りを防ぎ、結果としてスピードアップするには何をすればよいのでしょうか。それは「ディセンディング」です。水泳用語のディセンディングは、「次第に速く泳ぐこと」で、続けて泳ぐ場合にはラップ毎にタイムを縮めるような泳ぎを指します。実際にはそのように泳ぎ続けることは大変難しいので、「ディセンディングを意識して泳ぐことで、自分の泳ぎにプラスの変化を加え続ける」ようにします。
「前のラップより速く泳ぐ」というのは意識するのはカンタンですが、意識するだけで速く泳げるわけではありません。脳が体の各部位に対して、実際に速く泳げるように具体的に指示する必要があります。この指示の内容を「加速の道具」と呼び、この道具を複数持つ状態を「加速の道具箱」と呼びます。つまりディセンディングを意識することで、加速の道具箱からそのとき有効な道具を使って加速を維持し、全体としてスピードアップを実現するのです。
具体的には加速の道具箱を使って、速度の劣化を最初のラップに比べて6%程度に抑えることを目標にします。速度の変化が少ないほど、速度を元に戻すためのエネルギー消費が少なくて済みます。節約したエネルギーは、より長い距離において速度を維持することに使えるようになります。
以上をまとめると、「ディセンディングを意識して、加速の道具箱を使って速度劣化を6%に抑える」ことが中長距離のスピードアップにおいて即効性のあるアプローチとなります。
●ケーススタディ:速度劣化が20%→4%台になってタイム7%短縮!
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1500mタイムトライアル(2012年10月) |
1500mタイムトライアル(2013年3月) |
Tさんの1500mタイムトライアルの結果を右に示します。左側は昨年の結果で、右側は加速に道具を磨いた今回のキャンプの結果です。
一番大きな違いは速度の変化です。昨年の結果では250m時点で最初のラップに比べて20%遅くなり、そこから遅い状態が終盤まで続いています。
一方今年の結果では、速度変動幅は4%台を維持しています。これは初回のラップを除いて100mの変動幅1秒以内というものすごい精度です。最初の500mでストローク数は17%程度増加していますが、これはテンポを12%上げたことが理由であり、「テンポを上げて泳ぐ」ことを加速の道具として使っていることがわかります。500mを越えた段階でテンポは一定(約1.10秒)になり、ストローク数も安定しています。ここでは速いテンポでもストローク数を一定にするような加速の道具を使って、空回りを防いでいます。1300mの段階でストローク数を減らすことで加速を上げ、その加速感を維持しながらテンポを上げて終盤の泳ぎにつなげています。結果として2分12秒(7.2%)のタイム短縮を達成しました。
一旦このような泳ぎ方が身につくと、ストローク数やテンポを戦略的にコントロールすることができるため目標のタイムをクリアするのはとてもカンタンになります。Tさんのケースにおいて1500mのタイムで1分縮めたいのであれば、現在のストローク数を維持する前提でテンポを0.04秒速くすればよいのです。従ってテンポ平均1.10秒を1.06秒で泳げるようにして、現在のテンポと同じ加速感が得られるような練習を行います。また同じテンポであれば、50mあたりのストローク数を2減らすことでも60秒短縮が達成できます。この2つのアプローチをどのような割合で実現するのかにより、練習を組み立てていきます。
このように短距離でまず自分の泳ぎの特徴を知り、ディセンディングを意識しながら加速の道具箱の道具を増やし、戦略に合わせて使う道具を常に変化させることが大人の知的なスピードアップにおいて大切です。
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