多くの者にとってはただ夢に描くばかりの驚くべきスピードと効率で世界最強の選手たちが競い合うイベントの中で、世界のトップスイマーの泳ぎを眺めることができる4年に1度の機会が訪れます。200メートル・バタフライ、400メートル個人メドレー、そして1500メートル自由形などの競技で優雅に流れるように泳ぐ彼らを見て、私たちはただ感嘆のため息をつくばかりです。予選、セミファイナルそしてファイナルを含めるとマイケル・フェルプス選手は1週間のうちに18近くの競技に出場することになります。
水泳を日課とするスイマーでも競技を眺めるだけで息切れしてしまうでしょう。しかしフェルプス選手や他のオリンピック選手たちはいともラクそうに泳ぎます。それを見ている私たちは、泳ぐ速さや距離、そして優雅さのどの程度が生まれつきの能力で、どの程度がトレーニングによる賜物なのだろうかと考えるのです。テレビで見る優れた選手たちは一体どうやってあそこまで泳ぎが上手になったのか。そして私たちのような一般人が、さらに泳ぎが上手になるために彼らから学べることがあれば、それは何なのでしょうか。
エリートアスリートは、ずば抜けた「エンジン」、効率のいい動きの本能、そして他の選手が疲労して挫折していく中でより速くより長く泳ぐ能力などを含め、確かに固有の生理的特徴を共有しています。平均的成人の心臓が1分間およそ15リットルの血液を筋肉に送り込むのに対して、エリート長距離スイマーの心臓は1分間に30リットル以上の血液を筋肉に送り込むことができます。またエリートアスリートは最大限に出力している時、ずっと多くの酸素を消費します。さらに、彼らの優れたエアロビック・システム(体内酸素消費量を増大するシステム)は、莫大なるエネルギーの利用を可能にし、また彼らの飛び抜けた効率の良さによって、平均的なアスリートよりも特定のペースの中ずっと少ないエネルギーで泳ぐことが出来るのです。
これらの類い稀なる遺伝子に加えマイケル・フェルプス選手には、彼独特の特徴があります。彼はほぼ完全なスイミング・マシーンとも言える体を持って生まれました。身長6フィート4インチ(193センチ)、体重195ポンド、広い肩幅にスリムなヒップといった古典的なスイマーの体格だけではありません。異常に長い胴体と短い足は、非の打ち所のないバランスと水抵抗を最低限にするために理想的であり、同時に6フィート7インチ(196センチ)もある両手の端から端までが、ストロークの際に水をつかむことなります。
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Photo: Baltimore Sun |
そして更に、サイズ14(32センチ)の足と驚くべき柔軟性が彼の動きに幅を与え、相当な推進力を可能にしています。最後に、ほぼ7歳で初めて泳いだ時から水との並外れた関係を見せていました。水中を潜り抜けて効果的にそれと働き合うための正に適切な位置を探し出す生まれつきの本能である「水の感覚」は測ることは出来ないのですが、フェルプス選手はその能力を持ち合わせているのです。
彼の唯一の欠陥を挙げるとすれば、それは筋力です。彼はかつて重量を持ち上げたことがなく米国スイミングの生理学者によるテストでは、これまでで最も筋力のないエリートスイマー達の一人であるという結果になりました。これは動きの効率対力の相対的な重要性を大いに物語っています。では方程式のどの部分が、知的で一貫した練習を通して変化させやすいのでしょうか。私は10代以来その質問に対する答えを求め続けて来ました。私が学んだものをここに紹介します。どんなにトレーニングの量を増やしても凡人をエリートアスリートに変貌させることは出来ないのですが、大部分のアスリートが目的意識を持つことで(例えば実力範囲で上手なスイマーになることなど)それが何であれ個人の可能性を最大限にします。そして一貫した知的な練習も精一杯の努力と同様あるいはそれ以上の効果をもたらします。
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Photo: Steve Laughlin |
私は、青年期に自分が特に生まれついてのアスリートではないことに気がついていました。少年時代行ったすべてのスポーツにおいて、ベンチから立つのは一番後でしたし、子供が楽しんで行う徒競走やスイミングの大会でも後回しになりました。大学ではがむしゃらな練習によってかろうじて「そこそこの」遠泳スイマーになることが出来ました。そんな私が今では、成人アスリートとして毎年着実に泳ぎを改善しています。
50歳になってからは、地元と全国レベルのオープンウォーターの大会で、私の年齢グループでほとんど優勝を果たし、ナショナル・マスターズ・チャンピオンシップの(1マイルから10キロ)長距離のイベントではメダル獲得も成し遂げました。大学生或いは30代でマスターズの水泳を始めた頃よりも53歳の今の方がずっと泳ぎは堪能です。どのような基準に照らしても、年齢グループの中で私は地上最高のスイマーのうちの1人だと言えます。しかし私がどれほど懸命にトレーニングを積んでも、30年前にナショナル・チャンピオンだったスイマーで50代で再び競技している人々とのギャップを完全に埋めることは実質的に出来ないこともよくわかりました。
それでも、この記事に掲載されている写真が、意欲的なアスリートが泳ぎのパフォーマンスを改善できることをはっきり示しています。レオナルド・ダ・ビンチの「ウィトルウィウス的人体図」でもわかるように、私はフェルプス氏に比べて身体的に有利ではありません。去年から25ポンド落とそうとひたすらトレーニングを続け(目標までまだあと20ポンド)、50歳以上では希少なまでのフィットネスレベルに到達しました。しかし、そのトレーニングのどれも、私の四肢や体幹の比率を変化させたり、驚異的な柔軟性を得たり、あるいは非常によく調整された平均的なエアロビック・システム以上のものをもたらすものではありません。
献身的な練習によってのみ得られる水泳パフォーマンスの局面を下の2枚の「スイミング・ポジション」の写真に見ることが出来ます。マイケルの長く伸びた横向きのポジションは、ほぼ完璧です。世界中のほんの一握りのスイマーにしかできないことです。しかし50代の平均的なマスターズスイマーが(少なくともクロールで)、世界のトップレベルのスイマーと同様に抵抗の少ないポジションで泳ぐことを、細部まで気を配る一貫した練習によって実現しました。
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Photo: Baltimore Sun |
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Photo: Dennis O'Clair |
ですから、もしずば抜けた「エンジン」や完璧なるスイマーの体格を持ち合わせる幸福に恵まれなかったとしても、めげずに元気を出して下さい。世界のトップスイマーたちを見て感動し、やる気になったのであれば、その奮い立つ気持ちをプールに持ち込んで、私同様にスケーティング、アンダースイッチ、そしてジッパー・ドリル、またフォーカルポイントやストロークカウントを練習しましょう。そうすることで水中でより抵抗の少ない、長く伸びてバランスした姿勢を学ぶことができ、進歩しただけ泳ぎも上達するでしょう。
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