小児喘息を引きずり、スポーツとは無縁な私が大人になってから始めた運動が水泳でした。そして水泳にすっかりハマって調子に乗ってやり過ぎて肩を壊してしまったときに、運良くトータル・イマージョンと出会いました。47歳の今、トータル・イマージョンのコーチとして、水泳の楽しさを多くの人に伝えながら、自分自身も水泳を楽しみ青春を送っています。(写真:大阪せんなんOWS大会にて吉見、田中コーチと共に)
●元気そうに見える私ですが
1歳になる前に喘息を発症し、入退院を繰り返し、スポーツとは全く無縁の人生でした。年と共に投薬量は増えてゆき、長期にわたる多量のステロイドで骨はもろく、精神不安定、心疾患など、副作用にも悩まされる日々でしたが、元より前向き・強気な性格、薬で抑えながらも仕事・趣味にチャレンジ。しかし、いつも最後はドクターストップ…ほどほどが出来ない性格ゆえに、何度も夢をあきらめることになります。

●水泳を始めた訳
34歳の時にもろい骨の現実を認識せずに、日曜大工を楽しみ・・・ついにやってしまいました。腰椎をひとつダメにしてしまい、1ヶ月間立てず、体は左に傾き、3年間整形外科に通い、なんとか真っ直ぐ立てる様になり、ドクターから「骨は元には戻らないから筋肉で補強するように」と、水泳を勧められたのです。

初めの3年間は初級コース・・・少しずつ腰も改善され、おまけに喘息まで改善されて、薬の量も減らす事が出来て、と、なると副作用も軽くなり、良い事ばかりで、5年目には水泳大会にもトライ。

●調子に乗って
私はほどほどが出来ない性格・・・すっかり水泳の楽しさにハマリ、気が付けば練習中毒。普通の練習では飽き足らずに、アクアグローブを使用し、腕に負荷をかけ無知ゆえに無茶な練習を続けた結果が・・・スイマーズショルダー。

筋肉の凍結・癒着まで進んでしまい、全く左腕は動かず、ちょっとした振動で激痛が走ります。手術後も「完治には3年かかる」と執刀していただいたドクターに、引き続き治療を受けます。

泳ぐ事が出来なくなり・・・腰痛・喘息も再び悪化、本末転倒ですね。しかし、そんな状態でも、水から離れられず、落ち込む自分は許せないので、キックだけでもと、今までどおりにプールに通いました。右肩にも、負担から痛みがあるので気をつけ姿勢で泳ぐ?こと2年間。いつの間にか、体幹部で泳ぐことを覚え、それがまた新鮮で楽しくて、「それは何て泳ぎ?」と、よく聞かれましたね。「もはや人間では無い」なんてお褒めの?言葉もいただきました(笑)。

●グッドタイミング、TIとの出会い
水泳仲間から、スイムサロンのことを聞き、今出来る泳ぎ?を映像で見たくなり、肩が治ったら、再び痛めない様にフォームを変えたいというのも期待して、早速サロンへ行きました。

TIの事をあまりよく調べずに訪れ、気をつけドリルを撮っていただいたのですが・・・それがTIのドリルと同じで、ちゃんと出来ていると、当時担当していただいた永瀬コーチに言われ、TIの理念を詳しく教えていただきました。腕を使えなくなってからの考えと同じだったので、この2年間は無駄では無かったのだと、嬉しく思ったのを今でも覚えています。

自分の為にも、また私と同じ様に故障で悩む人の為にも、そして、水泳を楽しむ人に故障して欲しくないという思いもあって、コーチになる事を即決したのです。

●そして・・・大会復帰
コーチとしての勉強・練習は、そのまま自分の為でもあり、TIクロールを覚えてからは、水の感触が楽しくて仕方がなく、特に海で泳ぐ時は本当に魚になり、自己陶酔の世界です。大会に出るからには、タイムや成績にもこだわる様にしていますが、海の大会は、いかにその時の海コンディション(波・潮・風等)と遊べるか?が、私の課題です。TIクロールに取り組んで1年が過ぎ、着実に力を付け、そして着実にタイムアップして、その結果として、大会でメダルをいただける様になりました。

今年、8月のオープンウォーターレースで、初めて『女子総合3位』という思っても見なかった成績で、人生で初めての『盾』という物を手にして・・・昔出来なかった『部活・青春』を47歳にして満喫しています。

生涯青春です・・・喘息・腰椎変形・股関節変形・薬とともに、レッツ、エンジョイですね!  

吉田智江TIアソシエート・コーチはオープンウォーターやマスターズの大会に積極的に参加しています。得意種目は長距離のクロールと背泳ぎです。また船堀のTIスイムサロンにおいてプライベートレッスンを中心にTIスイムを指導しています。
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