●「水泳指導者」の今後の付加価値の方向を提案
テレビにも出演して著名な高橋雄介准教授がもう一人の講師であったためでしょうか、研修会は実施3週間前に定員に達し、過去最高の申し込みを記録したそうです。当日は今シーズン初の木枯らしが吹く寒さのなか約100名の水泳指導者の方が集まりました。
参加された方の平均年齢は41歳ということで、私と同世代です。フィットネスクラブやスイミングクラブに勤務している中堅クラスの方がほとんどということで、TIのメソッドを詳しく紹介することよりも、これまでの経験を今後どのような形で自らの付加価値としてお客様に提供すればよいのかを、現在の市場のトレンドやTIのアプローチに基づいて提案することに焦点を当てて説明しました。
講義の時間は3時間だったので、90分のプレゼンテーション、90分の実践演習としました。実践演習ではペアになっていただき、付加価値を高めるための様々な課題について考え、ペアとなった相手の方に説明する形式をとりました。
●ベテランコーチが描けない「指導者としての将来」
プレゼンテーションを始めるにあたって、どんな方が参加されているのかを調べてみました。
- 私は水泳指導者である。→9割の方が挙手(以下同)
- 私の主な収入は水泳の指導である。→6割
- 水泳指導を10年以上続けてきた。→8割
- 自分の泳ぎがお客様(成人・子供)にとって見本になると思う。→3割
- 5年後に水泳指導を続けている(始めている)と思う。→6割
- 5年後に自分の水泳指導に関する収入は増えていると思う。→4人
- 10年後も水泳指導を続けていきたい(10年以内には始めたい)。→4割
10年以上のベテラン指導者の割合が8割に達しているかかわらず、5年後も指導を続けたいとする方が6割、10年後も続けたいという方が4割しかいないことは私にとって大きな衝撃でした。体力的なこと、収入面のことなどから、ベテランの方ほど指導者としての将来のキャリアが見えないという現状を、水泳業界は認識し是正していかないと、優秀な人材がどんどん流出することになります。私たちも危機感をもって取り組まないとならないと痛感しました。
●減り続ける水泳人口、増え続けるミドル・シニアの占有率
水泳指導における付加価値の方向性を考えるため、まず水泳をとりまく環境について説明しました。総務省が実施している社会生活基本調査によると、2006年の1年に1日以上水泳を行った人の数(行動者数)は約1570万人で、ジョギングやマラソンの約1.5倍となっています。しかし過去20年の推移でみるとで水泳の行動者数はなんと約3分の2に減少しています。スポーツ行動者数全体に占めるシェアでも34%から21%と13ポイントも低下しています。
スポーツ行動者数の推移(1986-2006) |
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出所)社会生活基本調査(総務省) |
一方行動者の行動日数についてみると、この20年間に10.6日から24.8日と2倍に増加しました。つまり水泳人口全体は減っているものの、水泳をする人たちの頻度は上がっているのです。
この状況をより正確に分析するために、年齢別の行動状況を見てみました。50歳以上の人口は全体の45.5%を占めますが、水泳の行動者数では19.2%となり50代の水泳行動者の割合が人口に比べて小さいことがわかります。同様に65歳以上の人口は全体の21.8%に対し、水泳の行動者数はわずか6.1%に留まります。しかし平均行動日数に行動者数を乗じた「延べ平均行動日数」でみると、50歳以上のシェアは73.0%、65歳以上のシェアは42.7%に跳ね上がります。つまりプールの利用状況で見れば、50歳以上が7割でありしかもそれは2割の限られた集団によって利用されていることになります。
●子供に対する支出は減少傾向
くらし向きには改善感が広がるものの、家計支出に占める子育て費用の割合(エンジェル係数)は93年をピークに減少傾向となっています(野村証券調べ)。子育て費用のうち教育費(おけいこごと含む)の割合は4割弱を占めますが、時系列でみると、子育て費用全体の金額が減少するなか、相対的に割合が上昇することもなく一定で推移しており、教育費は減少傾向にあることがわかります。
このことから教育費用は聖域ではないため、おけいこごとに対する支出が今後大幅に増加する見込みは少なく、人口・支出額共に限られたパイの奪い合いになることが考えられます。
●新規開設するフィットネスクラブはプールレスが一般化
経済産業省の特定サービス産業実態調査(2005年)によると、フィットネスクラブの事業環境は以下の通り追い風が吹いているようです。
- 事業所数:1881事業所 (対2002年比10.1%増)
- 就業者数:6万7874人( 〃12.8%増)
- 指導員数:4万5250人 ( 〃9.1%増)
- 年間売上高:3858億円( 〃18.4%増)
- 個人会員数:385万人( 〃17.0%増)
- 年間延ベ利用者数:2億1900万人( 〃27.6%増)
プール保有事業所の割合は約80%ですが、新設の事業所に限ってみるとヨガやサーキットトレーニングなどの小型ジムが急増している結果、プール保有の新設事業所の割合は半分程度となっています(フィットネスビジネス調べ)。
現在公営のプールにおいて指定管理者制度が普及し、民間のフィットネスクラブが公営プールの運営受託を行うようになると、設置コスト、運営コストのかかるプールを民間のクラブが敬遠し、プール利用者を公営プールに誘導する動きが加速することが考えられます。公営プールは入場料が安く、また地方公共団体が所有している施設の性格上付加価値の高いサービスを提供することが難しくなります。
●水泳指導の将来像
このように水泳指導というビジネスをとりまく環境は20年前、10年前と比べて以下のように大きく変わってきています。
- 水泳指導の需要減少により「数」から「質」への転換が急務
- ミドル・シニアスイマーの深耕
- 子供:「おけいこごと」脱却による支出シェアの確保
従って水泳指導者においても、指導対象に合わせた高い付加価値を持つサービスを提供することが求められているのです。それでは水泳指導者にとっての付加価値とは何でしょうか。TIでは以下のように考えています。
- 技術指導
・大人も納得できる→理論的
・大人でも実践しやすい→具体的
・実践結果を自己評価できる→違いの認識
- 動機付け
・目標設定
・達成度評価
・新たなパス(水泳の目的や関わり方)の提供
- 問題解決
・事象を確認する(目視、事象の再現)
・原因・問題を特定する
・解決手段を提供する
・実施内容を評価する
●TIのアプローチ
TIではこれらの付加価値の方向性に対して、「ラクに泳ぐ」というわかりやすい指標を作り出すことでサービスとして体現化しています。TIのサービスは以下のような特徴をもちます。
- だれもが理解できる、シンプルかつ明確な方法
–必要な技術を因数分解
–ステップ化されたドリル
–フォーカルポイント(意識する点)
- 結果を最も重視し、より少ない時間でより大きな上達を可能にする練習
–カイゼン・アプローチ(常に最良・最適の指導方法を求めてボトムアップで改良を続ける)
–スケーラビリティ:様々な指導形態に対応(2日間、週1日月4回、1日、練習会、プライベート)
- 生徒自身が自分のコーチになってチェックすることができる練習
–「考える水泳、感じる水泳」:自ら評価するための評価軸の提供
–フィストグラブ、テンポトレーナー:より深く考え、実施した技術や意識を評価するための補助具
- 単に技術を教えるのではなく、水泳で自己実現を図る方法
–自ら設定した目標を着実に達成し、さらなる高みを目指す
–自分の体や技術の可能性を追究する
つまり「ラクに泳ぐ」ために、方法を開発し、練習内容を提案し、結果として自己実現のお手伝いをしているわけです。TIのコーチはこれらのアプローチが付加価値を生み出すことをよく理解しており、さらに付加価値の高いものにするために、サービス内容を常にカイゼンしているのです。
●付加価値を高める実践演習
セミナーの後半では、見知らぬ方どうしペアになっていただき、10問の課題についてお互いに説明しあう実践演習を行いました。課題はビデオ分析やメールでの質問に対する回答、お客様への説明や上司との交渉など多岐にわたりますが、どれも「正解」はありません。これまでの経験に基づき90秒で考え方をまとめ、90秒で相手に説明するこの実践演習により、会場の雰囲気がみるみるポジティブなものに変わっていくことを感じました。
そして最後の課題は「5年後、10年後に水泳指導者としてどのような存在になりたいか」を相手に語ってもらうことでした。時間は90秒でしたが、終了を宣言してもなかなか話が終わらないほど盛り上がり、参加者のみなさんも満足した表情だったのが印象的でした。
今後もTIは様々な形で水泳指導者の方達を支援し続け、水泳指導という産業をより豊かなものにしていきたいと思います。
上記レポートについてご意見・ご質問をお待ちしております。竹内慎司(cs@eswim.jp)までお気軽にご連絡ください。
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