以下は米国のTIディスカッションフォーラムにおいて、トライアスロンのコーチの間で行われたやりとりの一つを掲載したものです。コメントには興味深い点や私の考え方との違いがいくつかありましたので、私はそれらの点をコメントとして返しました。
ストロークのはじめの「キャッチ」については、ドック・カウンシルマンやマーク・スピッツの時代の30年以上経った古い議論です。推進力でみた場合の最も効率のよいエントリー(入水)、ストリームライン、および掻き始めは前方下位に向けた動きであり、エントリーから水中のプルへの移行は継ぎ目なく行われていることになります。指先は手首よりも常に下、手首は肘よりも下、そして肘は肩よりも下に位置しなくてはいけません。これは、オープンウォーターで大勢のスイマーが泳ぎ、水の抵抗が大きくなっている状況において特に効果的です。
水の「感覚」は、一体どこから来るのでしょう。ある人は何回かストロークをしているうちに偶然感じられるものだと言いますが、私はそうは思いません。クロールで体を前進させる力の90パーセントは、水中での腕の動きです。(なぜなら、キックの効果は完璧であっても12パーセントに満たないからです。)リカバリーと入水の全段階を上手に行い、抵抗を減らすことができれば、体幹をプルの動きに合わせるだけで水の「感覚」は常に確かめられるものです。結局、速く効果的に泳ぐスイマーは、腕というよりは腰を回しているのです。
このトピックには、様々な意見が寄せられています。私のコメントは、スポーツ科学の知識と20数年に及ぶコーチ経験をもとに書いたものです。
スティーブ |
スティーブへ
私はあなたのようにスポーツ科学のトレーニングを受けていませんが、34年間のコーチ経験と40回以上の様々な大会出場経験により、直感と洞察力そして知恵は多少なりとも身に付いたと思います。私は55歳にして今までになく集中し目的を持ってトレーニングするようになりました。そして、泳ぐたびに何かしら学んでいます。今も発展段階のスイマーとして私の経験から言うと、ストロークのはじめの水圧のわずかな変化に対して感覚を研ぎ澄ませること以上に泳ぎを改善するものはほとんどありませんでした。
指先を肘や手首より下げ、その位置を腰の回転につなぎ合わせることの重要さについては、あなたと全く同意見です。世界のトップレベルのクロールの選手達がそうするのを見てきました。しかしイアン・ソープやグラント・ハケットが入水時に手首(手のひら)を完全に折り曲げて垂直に入水することが無意識でできるのに対して、私は20度から30度にするのが精一杯であることが、水中ビデオで観察してわかりました。しかし、だからこそ彼らは世界レベルのスイマーで、私は40年間さすらうスイマーなのでしょう。
35年前の大学生時代は、私には手や腕や体の細かい動きに対する認識など全くありませんでした。効率のよい泳ぎに関する知識を深めるうちに、理想の泳ぎにどの程度近づいたか、あるいは体のちょっとした動きによる変化、水中での体の動き、そして特に動かすべき筋肉を動かしている間、動かさない筋肉をいかにリラックスさせるか、などを「体で」認識するようになりました。
私にとっては、これが「感覚」で、この鋭い自己認識なしには流体力学の深い知識も何の役にも立たないと思います。二頭筋腱の切断(筋力トレーニング)、同肩の剥離(マウンテンバイク)、そして肋骨の強打(不注意)などによる手術治療中の過去16ヶ月において、最も素晴らしい体験をしました。怪我のために、16ヶ月のうちの8ヶ月をリハビリに費やすことになり、本当に緩やかな動きを使ってしか泳げなくなったのにも拘らず、今年は今までの人生で(年齢も考慮して)最高の泳ぎができ、さらに先月の1000メートル自由形では、1969年の大学時代のベストタイムを6秒縮める記録を出しました。
この1年半、トレーニングを制約されてしまう状況下で「じっくり考えながら」泳ぐことを強いられ、今までになく自己認識(あるいは「感覚」)を研ぎ澄ませることができました。そして、55歳のスイマーとして喜ぶべき発見は、それが歳を取るプロセスに逆らう力を持つという事実でした。
マーク・スピッツをコーチあるいは観察しながらのドック・カウンシルマンの洞察が35年経過した現在から見るとすたれて時代遅れであるか否かについての私の意見としては、ドックの知識や直観力はマークの身体的直感と同様にトップレベルであると思います。そして、水中での人間の体の基本的習性は当時と変わりません。彼らから学べるものは喜んで吸収します。そして、「キャッチ」と呼ぼうが「アンカーをかけた手」と呼ぼうが、ストロークのはじめの瞬時のコントロールが、腰と足全体の回転によって生み出される効果的で確実な力のために極めて大切であるという考えに変わりありません。私の場合、手を瞬時止めることで肘がそれを通過して回転するという方法でこれを達成しました。なかなかわかりにくいこの感覚をつかむために今も継続して練習をしていますが、手ごたえは感じています。それでも、まだ「完璧」なレベルには至っていません。
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