トップレベルのスイマー達のキックが速いという事実はさておき、キックとクロールの速さについて次のように考えるのには私は抵抗があります。
- 彼ら・彼女たちはビート板キックを一生懸命練習している。
- だからビート板のキックがとても速い。
- だからクロールもとても速く泳げる。
それよりは、世界中の誰よりも速く泳げるという能力において、たまたまビート板(西洋の墓石のような形をした浮き具)を使ったキックも世界中の誰よりも速くできる、という気がします。私はビート板のセット練習が直接的、間接的にスピードにつながるという見方に対しても懐疑的です。
確かにキックは推進力に何らかの形で貢献しますが、我々の多くが想像するような形でではありません。下記のような理由で、多くの人がぼんやりと、強いキックが必要であると考えているようです。
- もし腕が毎秒120センチ体を推進させ、足が同様に毎秒60センチ推進させることができるなら、双方で毎秒180センチ推進することができるのではないか。
- もしビート板の練習を一所懸命こなせば、ビート板の練習をサボっていた時の20馬力モデルに代わって40馬力の更に強力な「外部モーター」を手に入れることができる。
しかし実際はそうではありません。ビート板を使って泳ぐ時に、キックは確かに時には速い推進力を生み出します。しかしそれは、より強いキックがクロールにどれほどの影響を与えるのか、あるいはエネルギー消費量に対するキックの効力などを何ら説明するものではありません。
50年以上も前に、伝説的なコーチのドック・カウンシルマンが、キックが推進力に与える影響を実際に測定する実験を行いました。様々なスピードでスイマーを牽引する装置を考案しました。ラインの張力を測定して、ただ引っ張られているよりもキックをした時の方が、より張力が大きい、同じ、あるいは小さいかを観察しました。
キックが唯一ラインの張力を小さくしたのは(すなわち、推進力を加えたのが)、引っ張るスピードをゆっくりにしながらスイマーが最大限に力を使ってキックをしたときだけでした。しかし、毎秒1.5m以上の他のスピードでは(毎分90m、100mを67秒程度)、キックは推進力に貢献しておらず、中にはただ抵抗を増やすだけのものもありました。
カウンシルマンの反応はどのようなものだったでしょうか。彼は、「フロントとリアのタイヤが別々に作動する車を想像してみてください。」と説明しています。もしフロントタイヤが時速40キロで、リアタイヤが時速30キロで動くとすると、車の速度は時速50キロではなく、リアのタイヤの方が遅いために抵抗が生じ、時速40キロ以下になります。カウンシルマンは、水泳の場合もスイマーが非効率的なキックを続けると、同様の結果が生じると主張しました。キックはエネルギーを消耗し、さらに抵抗を加えます。必死にキックをすればするほど、スピードは落ちてしまうということです。
また、牽引のみ、キックのみ、そして普通のクロールでの競泳選手の酸素の消費量を測定する実験を通じてキックのエネルギー消費量も観測されました。それぞれ、強いキックはどんなスピードでも多大なエネルギーを消耗することがわかりました。ある例では、50メートル66秒の速さ(競泳選手にとっては普通の速さ)でキックをしても、同じスピードで泳ぐ時の4倍の酸素を必要とする結果が出ました。
これらの実験の結論として:キックは効率的なストロークに対して余り貢献せず、むしろ強くキックをし過ぎると抵抗を増やして多大なるエネルギーを消耗してしまいます。すなわち、あまり強くキックをし過ぎないようにして、その効力を最大限に引き出す必要があります。
●スピードのためではなく、効率のためのキック
「キックがただエネルギーを消耗して抵抗を増やすのなら、最初からキックなどしなければいいじゃないか」と思う人もいるでしょう。しかしキックの役目はそればかりではありません。効率的なキックはストロークを改善する効果があり、推進力を生み出す体の回転には欠かせないものです。足を縛られたまま速球を投げる野球のピッチャー、足を踏み出さずにテニスのサーブを受けるヴィーナス・ウイリアムズ、または、両足を全く動かさずにブランコを漕ごうとする子供を想像してみて下さい。
クロールのキックでは、最も自然に効率よく足を動かすことがキーポイントです。効率のよい、きちんとしたリズムでキックをすると体の回転がよりスムーズになり、またエネルギー消費もとても少なくて済みます。まだ納得の行かない人には、こんな実験があります。
- まず肩幅の広さに足を開いて立ち、腕はそのまま体の横に置きます。足の裏全てが地面に接するようにして、腕の力を抜いたまま、膝を伸ばした状態で体を左右に回転させます(頭頂部から背骨までを軸として、その軸を中心にラジオ体操で行うように回転させる)。腰から膝にかけて筋肉が緊張していることや、足の裏が地面に接しているためつっぱった感じになることを体験してください。
- 次は体を回転させるときに、回転する方向と反対側の足のかかとを回転と同時に浮かせます。するとさらに30度ほど体が回転することができ、同時に筋肉が緊張した部分もなくなることを体験してください。
- 実験の最後は、2でかかとを浮かせた側の足のつま先に力を入れて、ふんばるようにして逆側に回転してみてください。体の回転に合わせてこの動きを行うと、さらにスピードと力が増すのがわかるはずです。実際にはこれが水中でのキックの状態ですが、「蹴る」という感覚よりは、地面に足をとどめて回転の支点にしているという感覚ですね。
- では、実験を終える前に、足をその場でバタバタと動かしながら、同じ様に体の回転をしてみます。どうでしょう、わかりますね。体の調和や効率が崩れ、ばらばらになって動きが乱れてしまいます。調和しない脚の動きは、常にリズムを乱し、足と体幹の動きがきれいに繋がっている時に生み出されるはずの推進力を妨げてしまいます。
この実験は効率のよいキックが、体の回転にうまく調和した時に起こる現象を示しています。また、ビート板での練習を重ね、最高のコンディションで望んだとしても、効率の悪いキックをするとどうなるかがわかります。効率の悪いキックは抵抗とエネルギー消費を増やし、推進力やスピードには何の貢献もしません。最後のバラバラに体を動かす実験では、さらにバランスしていないスイマーはどうなるかを示しています。体がバランスしていないと足が沈み、その結果足をさらにばたつかせてしまいます。そうして、バランスを修正するどころか、流れるような体の回転をも妨げます。バランスしたスイマーの足は、体の動きに合わせてスムーズに動きます。
足の裏を地面につけて体を回転する実験は、キックをしないで(あるいは、足にプルブイなどを着用して)泳ぐのに等しい状態です。これは、筋肉を緊張させ、自由な体の回転を妨げます。かかとを上げた動きは、体の回転に合わせて自然に無意識にツービートキックをする時に等しい状態です。リラックスしてほぼ無意識のうちに行われるこのようなキックは、遠泳、フィットネス用の水泳、またはラップスイミングに最適です。体の回転にタイミングよく合わせて足を動かす3番目の実験は、ツービートキックのダウンビートにさらにスナップを利かせたキックに相当します。タイミングさえ合えば、腰の回転にさらに力が加わるのがわかります。そして腕のストロークを常に体の回転につなげることができれば、腰の回転がよりスムーズになり、ストローク全体がパワーアップします。
ツービートキックのタイミングをしっかりマスターし、そして部屋の中で体を左右に回転する実験の時のようにリラックスして、キックにスナップを利かせる瞬間を体で覚えることがとても大切です。
なお、キックの練習を全て否定するつもりはありません。強調したいのはただビート板を使ってがむしゃらにキックの練習をする貴重な時間を、もっと有効に使う方法があるのではないかということです。例えばビート板を使ってバランスを崩した状態でキックをするよりは、スケーティングドリルの姿勢のようにバランスがとれた姿勢でキックを練習する方がよほど効果的です。
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