●年齢と筋力の低下
研究[1]によると、11歳から70歳までの男性140人に対し、
- 関節を動かさず同じ姿勢のまま筋肉に力を入れる静的(等尺性)な筋力測定
- 関節の運動速度を一定にコントロールする機械を用いて、関節の動きに応じて適切に最大限の抵抗を加えた(等速性)筋力測定
の両方で膝を伸ばす力を測定した結果、 筋力は20歳代をピークにして40歳代まではほぼ維持されており、顕著に筋力の低下が見られたのは50歳代以降だったそうです。 また、別の研究[2]によると、例えば飛行機を製造する工場の工員さんのように、職業的に筋活動を必要とする人たちの握力は、22〜62歳までの範囲で目だった年齢差を示さなかった、という結果も得られているようです。筋力は、もちろん生活・運動環境にもよりますが、思ったよりも急激に衰えるわけではないようですね。
そうは言っても、放っておくと筋力は徐々に衰え、高齢者に至っては転倒や歩行困難など、日常生活に支障をきたす原因にもなってしまいます。適当なトレーニング方法をとることによって筋力の増強・維持を図っていくことは大切なことです。
さまざまな研究を合わせてみると、年齢の増加に伴う筋力の低下は30歳代の後半ごろからその影響があらわれ始め、50〜60歳以降に著しいものになります。その影響は特に脚の筋肉について顕著だといわれています。
注意しなくてはいけないのは、自分が健康であると思っている度合いと自分が維持している筋力との関連が段々薄くなってくるらしい、ということです。ある調査によると、筋力と自己評価による健康度は年齢によって異なり、30歳代および50歳代男子においては、自分の健康状態を良いと評価する人ほど筋力の発揮能力も優れていますが、70歳代では自己評価による健康度に筋力はなんら関係をもたないそうです。
つまり、「自分は健康だ」と思っている人でも筋力は衰えてしまっている人が多くなってくるわけですね。(逆に「自分はあまり健康でない」と思っていても筋力は維持されている人も増えてくるわけですが、一般には全体として筋力は衰えてきますからね)
一方で、皆さんよくご承知のように、高齢者の場合の日常生活における身体の活動能力は、筋力の有無によって大きく左右されます。椅子からの立ち上がり、階段上り、または歩行などの速度は、脚の筋力が強いほど速くなります。また、高齢者では転倒が原因となる障害が多くなりますが、高齢者の転倒の要因の一つに下肢筋力の不足が指摘されており、さらに転倒した際の障害の予防には上肢筋力および反応時間が関連するといわれています。
このように、筋力は年齢とともに無自覚に低下していく可能性がありますので、大人になったら意識的に鍛えていくのが望ましいといえます。
●筋力の低下とトレーニング
筋力の低下の原因としては、
- 筋量の減少:筋線維数(筋肉を作っている筋の数)の減少と、筋線維サイズ(一本一本の筋の太さ)の減少
- 速筋線維の萎縮:速筋線維とは、大きな力が出るが短時間しか活動できない筋のことをいいます。他に、遅筋線維という、長時間持続できるが速筋線維に比べて小さな力しか出ない筋とから筋肉は構成されています。
- 神経系の機能低下:筋量が変わらなくても、それを駆動する神経の信号発射頻度や興奮水準が下がってくると、発揮できる筋力も低下します。神経が“にぶく”なるための筋力低下です。
が指摘されています。要は、トレーニングによりこれらの変化をできるだけ抑えて、あるいは改善してあげればいいわけです。そのためにはどのような運動をするのがいいのでしょうか?
マスターズ・ランナーにおける研究[3]によると、被験者全員の平均で月に234km走るランナーたち(平均年齢:約64歳)については、太もも部分の筋肉が一般の同年齢層と比べて明らかに太く、ランニング、水泳などの持久的なトレーニングが筋量低下の抑制に一定の効果がある可能性を示唆しています。ただし、筋線維タイプ別にみると速筋線維の萎縮率は一般同年齢層と変わらず、持久的トレーニングでは速筋線維の萎縮抑制にはあまり効果はなさそうです。また、この研究の対象は1日に6km〜20km走る、トレーニング量の非常に多い方たちなので、一般的なジョギングレベルでの持久的トレーニングが筋力低下抑制に効果があるかどうかは分かっていません。
したがって、筋力低下を抑制するためには、ジョギング、水泳などの持久的トレーニングに加えて、いわゆる「筋力トレーニング」を行う必要があります。
●筋力トレーニング
筋肉が力を発揮する仕方には、
- 短時間で爆発的な力を発揮する『筋パワー(瞬発力)』
- ある動作速度で発揮される最大の『筋力』
- 何度も繰り返す動きや疲労に耐える『筋持久力』
があります。競技とは異なり日常生活で強力な瞬発力が必要とされる場面は少ないため、健康づくりのためには、筋力と筋持久力を鍛えることを主眼とすればよろしいでしょう。
「筋力トレーニング」は、上の狭い意味の『筋力』に限らず筋を強化するトレーニング全般を指す、我々日本人が慣れ親しんだ呼び方で、アメリカスポーツ医学会ACSMなどでは「筋にある一定の負荷抵抗をかけて行うトレーニング」という意味で「レジスタンス・トレーニング」と呼ばれていますが、ここでも親しみのある「筋力トレーニング」という言い方をすることにします。
筋力トレーニングには
- マシンを使っておこなう
- バーベル、ダンベルなどを使っておこなう
- ゴム・チューブ、ゴム・バンドなどを使っておこなう
- 自分の体重を負荷として使っておこなう
など、さまざまな方法があります。それぞれの方法に特徴があり、いずれも良い点、難しい点の両方がありますが、利用できる環境や自分の体力、好みなどに応じて適切な方法を選択して実践することができます。
ただ、どのようなトレーニング方法を行なう場合にも、筋力トレーニングにおける原則を頭に入れておくことが重要です。
●筋力トレーニングの原則[4]
過負荷の原則、漸進性の原則
効果を得るためには、通常の生活でかかるよりも強い負荷をかけることが必要です(過負荷の原則)。そして、筋力や筋持久力が増えるにつれて、より強い負荷をかけていくことが必要です(漸進性の原則)。
可逆性の原則、継続性の原則
トレーニングを中止すると、それまでに向上した筋力や筋持久力はやがて元のレベルに戻ってしまいます(可逆性の原則)。したがってトレーニングは生涯にわたって継続していくことが必要です(継続性の原則)。
個別性の原則
トレーニング・プログラムは各個人の体力や身体的特徴、心理的要素、トレーニング環境などさまざまな点を考慮して、作成することが望ましいです。闇雲に他人の真似をしてトレーニングしてはいけません。
特異性の原則
確かなトレーニングの効果は、トレーニングした部位の筋肉がトレーニングをしたのと同様な動きの中で発揮される力にみられるものです。目的に応じて、トレーニングすべき部位・動きと目的との対応関係を考えながらトレーニングしなくてはいけません。
意識性の原則
トレーニングの目的を意識して行うことが重要です。トレーニングしている筋に意識をむけることは効果を大きくします。
強度と反復回数
ACSMの健常な成人に対する筋力トレーニング・ガイドラインでは、
- 各々の運動を「もうできないと感じる強度で」8〜12回反復して実施すること
- 持久力の強化を主眼とする人や、50歳から60歳以上の年齢の人、虚弱な人については10〜15回くらいが適切な場合もある
とされています。
15回以上反復できるようになったら、回数をそれ以上増やすよりも負荷を増加させる方が筋力向上という観点では効果的です。
トレーニング頻度
1日おき、または週3日程度、とします。より頻繁にトレーニングすればそれなりに効果は現れますが、頻度を増したことによる効果の増加はそれほど大きくありません。筋を休ませる必要からも適度な頻度でのトレーニングがいいでしょう。
自然な呼吸
トレーニング時には自然な呼吸パターンを保つよう心がけましょう。呼吸を止めて“いきむ”と必要以上の血圧上昇を招くおそれがあります。
筋力トレーニングの原則を頭にいれ、水泳などの持久的トレーニングと上手に組み合わせることで、筋力を維持し、バランスのとれた運動生活を送りましょう。
[1] Larsson,L.,Grimby,G. and Larlsson,J. : Muscle strength and speed of movement in relation to age and muscle morphology. J. Appl.Physiol.,46,451-456,1979
[2] Petrofsky,J.S., and Lind,A.R. : Aging, isometric strength and endurance, and cardiovascular responses to static effort. J. Appl.Physiol.,39,91-95,1975
[3] Kuno,S., Itai,Y. and Katsuta,S. : Influence of endurance training on muscle metabolism during exercise in elderly men. Adv. Exerc. Sports Physiol., 1, 51-56, 1994
[4] 浅野勝己、田中喜代次 編著:「健康スポーツ科学」、文光堂、2004
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