体力と健康
私たちは「体力がある」とか、「体力がない」とかいう言い方をよくします。水泳などの運動を日常に取り入れるのも「体力をつける」ためであったりします。 ところがこの 「体力」という言葉、みなさん、どのようにお考えになっていらっしゃいますか?体力とは、筋肉の力?息切れせずに階段を上れること?長い時間泳ぎ続けられること? 運動によって健康づくりをしていくためには、自分自身の「体力」をより正しく理解しようとすることが大切です。

運動とは

 まず、そもそも、「運動」とはなんでしょう?日常生活で掃除、洗濯をしたり、仕事でオフィスを歩き回るのは「運動」でしょうか? 広い意味では、これらも運動と呼ぶことができるでしょうが、専門家、例えばCaspersen 氏らは以下のように用語を定義して区別しています。

身体活動と運動,体力の定義(Caspersen CJ,ほか) *1

  • 身体活動(physical activity):エネルギー消費をもたらす、骨格筋によるすべての体の動き
  • 運動(exercise):身体活動の一部で、行動体力の維持・向上を目指して行う計画的、構造的、反復的な、目的のある身体活動
  • 体力(physical fitness):人間が持っている身体活動を行う能力
*1)医学書院,公衆衛生:64(8),No.8, 2000. Caspersen CJ, Powell KE, Christenson GM. Physical activity, exercise, and physical fitness: definitions and distinctions for health-related research. Public Health Rep. 1985 Mar-Apr;100(2):126-31.

 この定義に従えば、日常で体を動かすことすべてを「運動」をいうわけではなく、「体力」の維持・向上を目指して意図的に行なうものを「運動」と呼ぶのが適切でしょう。オフィスを歩き回るのは「身体活動」ではあっても「運動」とは呼ばないほうが良さそうです。常識とも大きくは異なっていませんし、ここでもそうとらえることにしましょう。

体力の定義

 さて、ではその「体力」とは、一体どのようなものだと考えればいいのでしょうか? 『体力=身体活動を行なう能力』といったとき、例えば”筋肉の力”だけを考えればいいのでしょうか?

 体力の整理の仕方には専門家の間でも数多くの意見があるようです。私たちは、細かい違いや分類の良し悪しについて気にする必要はないでしょうが、専門にキチンと考えている人たちが、どのように言っているか知っておくのも有意義でしょう。

 ここでは現在よく用いられているものを2つほど紹介します。

  • 池上氏らは、体力を大きく行動体力と防衛体力に分類し、行動体力を、(1)行動を起こす筋力などの能力、(2)行動を持続する持久力などの能力、(3)行動を調整する平衡性や敏捷性、柔軟性などの能力の3つに、防衛体力をストレスに対する抵抗力として位置づけ、ストレスを(1)物理化学的ストレス、(2)生物的ストレス、(3)生理的ストレス、(4)精神的ストレスの4つに分類しています。(詳細→ 池上氏らの分類) 
  • 猪飼氏らは、体力を最初に大きく身体的要素と精神的要素に分け、それぞれに対して行動体力と防衛体力に分類しています。(詳細→ 猪飼氏らの分類

体力と健康づくりの運動

 運動を健康づくりに役立てる立場から特に考えたいことは、体力とは決して身体を動かす能力、つまり上の分類で『行動体力』と呼ばれるものだけではないということです。よく体力測定の結果をみて体力があるとかないとか言いますが、この体力測定で測れるのは、例えば猪飼氏の分類で言えば身体的要素の行動体力の身体的機能という、体力全体の中のほんの一部にしかすぎないわけです。つまり一般的な体力テストに優れていたからといって必ずしも体力全体に優れているとはいえません。

 現代においては、行動体力の絶対値が大きいか小さいかということは、極端に小さい場合を除いて、肉体的な労働などが占める比重が高かった昔に比べるとそれほど重要ではなくなってきています。特に他人と比較して勝るとか劣るとかいうことはあまり気にすべきではないでしょう。むしろ、行動体力の重要性が過去よりも小さくなっている分、調整能力(自律神経系、内分泌系)の重要性が相対的に高まってきており、私たちもそちらに注意を向けて運動すべきでしょう。

 では、運動をすることにより、これらの調整能力に関わる体力は高まるのでしょうか? 私たちの行なう健康づくりのための運動のほとんどは行動体力に刺激を与えることを目的とした運動です。しかし、このような運動を行なうことによって、身体の調整能力や防衛能力に関わる「防衛体力」も向上すると言われています。 一方で、競技のために運動を行なうアスリートのように、行動体力に強い刺激を与えすぎると、防衛体力は低下することもあります。例えば、長距離走のようなトレーニングばかりしている人は、運動しない人よりも起立耐性(上半身への血の巡りの良さなど)が低くなることもあるそうですし、運動のしすぎで疲労が蓄積すると全身のストレスに対する抵抗力が低くなることは想像に難くないところでしょう。「健康づくりには適度な運動が必要」というのは、多ければいいものではない、ということはお分かりですね。

 健康づくりのための運動は、 防衛体力の向上を意識した運動内容でなければなりません。身体的要素と精神的要素、行動体力と防衛体力のバランスを考えて取り組むことが大切です。

 

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