最近発行された「Triathlete Magazine」で、トライアスロンコーチのマーク・エヴァンスの書いたコラムは、トータル・イマージョン(TI)方式のやり方を暗に非難するものであるとして、TI方式に慣れ親しむ読者の方々の間でちょっとしたセンセーションを巻き起こしました。
多くの方々から、このコラムについての感想を聞きたいと言うお問い合わせをいただき、私もコラムに目を通し、その上で感じたことをここで紹介したいと思います。マークは、一般のスイマーや、トライアスロン選手たちに役立つアドバイスにも触れています。それは以下の通りです。
- カンタンに泳ぐ最善の方法は、その技法(テクニック)に焦点を当てて練習することである。
- バランスと調和はとても重要で、ストロークする間、常に維持されるべきである。
- 良い技法の練習は、スイマーたちの運動感覚を鋭くする。
- 最大の推進力は、早めのエントリー(手の入水)と早めのフィニッシュ(かいた手を水面に出す)から生まれる。
- ストローク全体を通して、休みのない、流れるような動きであること。
他の点では、マークのコメントは上記のものと矛盾する内容であったり、他の様々な意見によって左右されるものであったりします。その中でTI方式を暗に非難する内容であると読者の方々が感じたのは以下の点です。
- バランスとドリルは、水泳の改善に役立たない。
- ドリルは、上達の鍵にならない。
- バランスドリルは、スイマーたちに間違った体のポジションを教えかねない。
- 手足を使ったテクニックの方が、バランスよりも数倍重要である。
私はTI方式で教えるすべての内容を自ら実験台として使ってきましたが、その結果30年以上の間スイマーとして進化し続けてきたことがTI方式の証明になると思います。
私は35年前に大学の競泳選手として、シーズン中2回1500m自由形のレースに参加しました。レースで約1600回激しく腕を回した結果のタイムは18分から19分でした。当然大会後は疲れきってしまい、回復するのに30分はかかりました。腕の筋肉はずきずきと痛み、数時間は、腕を高く持ち上げることが困難なほどでした。
50歳半ばの現在、同レースのタイムは20分から21分と多少遅くはなりましたが、600回ほどストローク数が減り、レース後は数分で体がもとの状態に戻ります。以前のように水泳後の筋肉痛に悩まされることもなく、体全体を十分に、優雅に、よく使ったという充実感が残ります。昔はこのレース自体を、とても苦しい体験の場として敬遠したものですが、今は待ち望むようになりました。特に、こういった遠泳後さらに1時間、またはそれ以上自転車や、マラソンをするトライアスロンの選手にとって、このように感じることはさらに価値のあるものでしょう。
私の過去と現在の泳ぎの一番の違いは何でしょうか。まず体の姿勢(バランスを保ち、手足が長く伸びている)が、水の抵抗をかなり減らしています。次に推進力の高い効率のよいストロークを実現しています。効率のよいストロークは水の抵抗を減らすことにより実現する部分もあるので、抵抗を減らす技術と推進力を増やす技術は相反する関係というよりは、泳力や目的に応じてバランスさせる関係といえるでしょう。
一方マークはバランスと調和の重要性を挙げているにもかかわらず、「手足を使ったテクニックの方がはるかに重要である」として、覚えるべき14のテクニックのうち10が推進力を増やすものに偏っています。しかし専門家が一流選手を対象にした研究では、最高速度の半分の状態では減らす技術と増やす技術の適用割合が4対6であるのに対し、最高速度の約75%では6対4と逆転します。また最高速度の90%では8対2までその差が拡大します。スピードが上昇すれば抵抗が増え、エネルギーがますます消耗されるため、減らす技術を磨くことがより大切になってきます。
またマークは、バランスをとることはうまく泳ぐための解決策にはならないと書いていますが、私たちは陸地に合うようデザインされた動物であり、引力により足が下がり、肺にある空気により上半身が浮き上がる水中の姿勢が手足の無駄な動きの元になっていることを考えると、私はバランスはとても重要であると考えています。過去の経験では生まれつき水中でバランスのとれるスイマーは5%程度であり、多くの人々は水中でバランスをとるために努力しなければならないのです。
私が自分自身の練習や、コーチとして人に教えてきた経験から考えると、
- 減らす技術は、これまでの水泳の練習では身につけられなかった技術なので、一般のスイマー、特に発展途上のスイマー(トライアスロン選手のほぼ90%)にとって最も重要です。
- 速く泳ぎたい、というときでも、最初の数年は減らす技術を最重要課題として考えましょう。速度が速くなると減らす技術がより重要になってきます。
- バランスをとることやドリルで練習することは、陸上で生活している人間が水中で抵抗を減らすための姿勢や手足の動きをマスターするうえでとても重要な手段になります。水の中の感覚を意識しながら練習を続ければ、体が自然に覚えるようになります。
- 増やす技術は減らす技術をマスターしてから取り組みます。スイッチドリルでは伸ばした方の手の動きに注意を払います。またストローク全体を練習しながら、手や足、胴体など体のそれぞれの部分が推進力増加のために同期しているかどうかを確認しましょう。
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